第9話:「仕事」なのか「活動」なのか「趣味」なのか

「自分らしく」を追求していくと、自分にとって興味・関心のあることに目をむけることになります。

 

「女性のチャレンジ支援講座」を受講した時、集まった皆さんがそれぞれに自分の夢ややりたい事を発表する機会がありました。

私の時は第1回目ということもあり、発表内容も様々だったように思います。

自分が好きなことを仕事にしたい人、自分に何ができるかわからないので、今目の前にあることにチャレンジする人。

仕事とは別に興味・関心のあることで活動していきたい人、長年好きで続けていたことをもっとたくさんの人に楽しんでもらいたい人。

皆さんがイキイキとした表情で語ってはったのが今も思い出されます。

 

この講座、毎年開講になって8年目になりました。そして受講される方の大半が起業を目指されるようになりました。

しかし、思うわけです。

女性の興味・関心の向かう方向って似たような傾向も多くって。

アロマセラピー、カラーセラピー、手作りパン、アレンジフラワー、カードリーディング、心理カウンセリング・・・。

皆が仲間であり、競合になるんやな~と思うと複雑な気持ちになるのです。

 

自分が「いま」やりたいことが「仕事」なのか「活動」なのか「趣味」なのか。

まずはパーソナルブランディング、その前段階に自分を知ること、その手段として自分を語ること。

キャリアカウンセリングは「言葉にならない想い」言葉にするお手伝いができます。きっと言葉になったときに最初の一歩がはじまると思うのです。

 

・・・つづく。

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第10話:アナタの「生き方」を応援する

「女性のチャレンジ支援講座」を一緒に受けた仲間は、今はそれぞれに活動場所ができて活躍されています。

ただ、9年前のチャレンジ宣言と「いま」では全然違うことやってる人も。面白いですねえ。

かくいう私もキャリアカウンセリングを知って、目指そうと思った時と「いま」では変化しています。

 

当時は職業訓練校で受講されている生徒さんの力になれることを探していきついた、ところから始まり。

自分自身が結婚後、故郷を離れて生活するのに慣れなくて「もう一度働く」事もままならず・・・。

同じような思いをしている女性の力になれることができればなあと思うようになり。

 

そして「いま」

9年の歳月の中で自問自答してきたこと。その他、周囲の色々な変化。

前回のコラムではないですが「仕事」「活動」のはざまで悩むことも多々ありました。

 

そんな中、私と出会った人たちが、私のチャレンジを応援してくれる、支えてくれる、手伝ってくれる。

ホンマにありがたいことやなあ、私も応援してくれはった人たちを応援しよう。

こんな私のやってる方に興味持ってくれはった人、会いに来てくれはった人を応援しよう。

 

なので、私の取り組むスタンスは「アナタの生き方を応援する」と決めました。

仕事としても、活動としても、言葉にならない思いを抱えてもやっとしている人の最初の一歩を応援する。

しっくりきました(笑)

 

・・・つづく。

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第11話:ライスワーク・ライクワーク・ライフワーク

「仕事」ネタといえば、よく「ライスワーク」「ライクワーク」「ライフワーク」という言葉が取り上げられます。

「東京朝活ポータル」というサイトにはこんな感じで紹介されています。

 

「ライスワーク」お金のため、ごはんを食べるために働く。なので、より楽で、よりお給料のいい仕事を探し、仕事の愚痴をいってしまいがちになる。

「ライクワーク」その仕事が好きで働いている。自分の好きなことをやっているので、仕事にやりがいを感じ、仕事を楽しむことができる。

「ライフワーク」それが自分の使命だと思って働いている。人に喜ばれる事を生き甲斐とし、自然と人が集まり、逆境に感謝することができる。

 

最近ではこれに「ライトワーク」も加わりました。自分本来が持つ力を発揮して自分の使命を全うする仕事という感じでしょうか。比叡山延暦寺を興された伝教法師・最澄さまのお言葉で「一隅を照らす」というのがぴったりはまります。「自分自身が置かれたその場所で、精一杯努力し、明るく光り輝く事ができる人こそ、何物にも代え難い宝である」という意味だそう。

 

「働く」という視点から人生を見ると「ライスワーク」から「ライトワーク」へと段階を踏んで成長していくのですね。その中で「自分らしさ」をいろいろな経験からだんだんと実感していくのでしょうね。

 

・・・つづく

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第12話:「キャリア」に出会う

私は「キャリア・コンサルティング協議会」に登録しているのですが、会員は「e-Program」という動画配信サービスが利用できます。

キャリア系のセミナーや勉強会は都心部で開催が多く、田舎住まいな私にはハードルが高い(涙)

専門性の高いセミナーは当然受講料も高く、さらに交通費も上乗せされるので、何を受講するかかなり吟味します。

そんな中、ええセミナーをインターネットを通じて受講できるのはありがたいことやなあと思います。

 

その中の 「CC Cafe」という、技能士会員がテーマを決めてディスカッションするというのがあって、その一部が配信されています。

その動画を視聴した中で、参加者の方が「私は自分のキャリアに出会った」という表現をされました。

私もその言葉を聞いて、自分がキャリアカウンセリングに関わるようになったというより、出会ったというイメージの方がしっくりくるかな、と思いました。

 

「キャリア」という言葉に「生涯」「経歴」「生業」という意味があると先の記事で触れましたが、さらに「天職」という言葉もあてはまるかも知れません。

 

「天職」の意味を調べてみると、一番最初にこう紹介されています

「天から授かった職業。また、その人の天性に最も合った職業。」

要は自分らしさを活かして活躍できる仕事、といったところでしょうか。「ああ、これだ!」って感じる仕事

 

若いころはキャリアカウンセリングを仕事にするとは想像もつかなかったのですが、今の立ち位置で振り返ると道しるべはあったのかな、と思います。

 

・・・つづく。

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第13話:サビカス先生の理論~「自分の物語」を語る

世の中が変わってきて、学校を卒業して入社した会社で定年を迎える機会が減少してきています。

「年功序列」「定年」といった、ひとつの企業に依存して自分の人生を歩むことが「砂上の楼閣」の上にいるようなものになりつつあります。

 

なので、近年キャリア支援する方たちの間では「社会構成主義」「ナラティブ・アプローチ」というもんが注目されています。

 

社会は人々の営みであり、常に変化し続けている存在である。それは人が「言葉」を持つからで、「言葉」が世界を作っている。

人は皆、それぞれに「自分らしさ」を持っていて、お互いの「言葉」で「自分らしさ」を表現している。

その「言葉」のやりとりで社会が創られていく。そーゆーイメージでしょうか。

 

それまでのカウンセリングは相談者に「鏡」のように寄り添っていくと、自身の問題を自身で気づき、自身で受け入れ、自身で解決していけるんだー、という方法やったんですね。

それが、相談者もカウンセラーも「自分らしく生きる人」で、お互いの「言葉」で物語を紡いでいくように、その問題を一緒に考えることで見えてくるものがあるんだよーって方法が出てきたんです。

 

で、その「自分らしさ」は、これまでの人生経験の中で相手に「これを話そう」と思った記憶を語っていくと、そこからいろいろ思い出して「いま」につながることを実感できるんだと。

断片化した記憶がひょんなことでつながってると感じる様子は、ミノタウロスを倒しアリアドネの糸をたどって迷宮を脱出したテーセウスにちなんで「金の糸」と呼ばれています。

 

んで、サビカス先生はこーゆー記憶を語りましょうとゆーてはります。(キャリアストーリーインタビュー)

①ロールモデル

②いつも見る雑誌・テレビ番組

③お気に入りの本・映画

④お気に入りの格言やモットー

⑤幼少期の思い出

 

次回から、私の例を挙げて語ってみたいと思います。どこでキャリアカウンセラーにつながるんかなあ?

 

・・・つづく。

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第14話:子どもの頃の記憶を語る(前)

さて、私にとってはキャリアカウンセリングに出会ったことが人生を大きく変え、自分らしく生きる実感を得られることとなりました。

それを語るにはどっからいきましょーかと考えましたが、難しいですね。

 

サビカス先生のおっしゃる①ロールモデルって、とっさに思いつかへんなー。たぶんキャリアカウンセラー活動始めてからの方がメンターな方がいる感じです。

②いつも見る雑誌・テレビ番組も、私は普段見ぃーひんのです。もしかしたら現代は「ネット情報」が追加されてもいいかもね。

④お気に入りの格言やモットー、これってよほど語彙が豊富やないと思いつかへんことないですかねー。自分が勉強不足なんやね。

 

な訳で、子どもの頃の記憶を語るのとお気に入りの本を語るのとでいってみよーと思います。

(本当は先に4つを語ってから、子どもの頃の記憶を語るんですが、今回は逆にしてみます)

 

幼少の頃、仲間とステンレス流し台を作って売る町工場を経営していた父。それが一番古い「はたらく人」の姿の記憶かなあ。

大阪の長居公園の近くだったよな。陽気に口笛吹きながらトンカチ叩いて仕上げた流し台を大型トラックに運んでいた姿が思い出されます。

ギャンブル好きやったので、休みの日は住之江の競艇場に行くか、パチンコ行くかな人やってんけどね。

 

それとともに思い出すのは、その町工場の敷地で飼っていた「軍鶏(しゃも)」

10羽くらいゲージに入れて飼ってました、確か。愛玩用でも食用でもなく、「闘鶏用」ですがな(汗)。

にわとりさんに餌あげる~~ゆーてキャベツとかゲージで差し出しては手をつつかれたなーってことも思い出した(笑)

結婚して滋賀にやってきて「近江しゃも」って食用になることを初めて知った私です。闘鶏専用のにわとりやと信じてたから~~。

ってか闘鶏用の軍鶏が身近にいる環境って(汗)

 

いやいや、思い出しかけると私が生まれた時に既に鬼籍に入っていた祖父も趣味は「日本刀」(汗)

九州出身の父の楽しみが「狩猟」。地元にいるころから狩猟免許を持ってて、大阪来てからもイノシシハントに行ってたらしいんですね。(大汗)

 

もしかしたら「何をやるにも楽しむ」ってのは父の影響のような気がしてきました(笑)

今思えば、早くに亡くなった父ともっと話してたらよかったなーと思います。

 

幼少の頃の記憶には見出しをつける、とサビカス先生はおっしゃっていますが、あえてつけるとしたら「何事があっても動じない」「何事があっても受けとめる」みたいな感じでしょうか。

 

・・・つづく。

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第15話:子どもの頃の記憶を語る(中)

私は「先入観で相手をみない」をモットーとし、自戒を込めてよく言葉に出しています。

実際にはいろいろな情報に振り回されている自分がいるので、言葉にして客観的な視点を持つようにしようと気を持ち直す、みたいな(笑)

 

ではそんな事を考えるようになったのはなんでやろ?と昔の記憶をずーっと振り返ってました。

すると「近所の任侠なおっちゃん」に行き当たるんですね。

 

私の生家は戦前は繁華街だったところで、私の生まれたころは「場末の港町」とちょいと寂れてきておりました。

そんでも飲み屋など水商売な店が立ち並んでおりました。で、私の自宅の斜め向かいには任侠な方々の事務所がございました。

ここのおっちゃんが子どもが好きでねえ(笑)

よく近所の子ども集めてキャッチボールしたり、ケーキふるまってくれたりしてました。

私の人生初「生クリームのケーキ」体験は、暴力団事務所で食べたイチゴのケーキやという(笑)

夏は麻雀卓を路上に出して、舎弟と上半身裸で刺青丸出しで麻雀してはったので、横を通って小学校通っていた状態です。

 

中学生の頃、自宅の門になぜか「マムシ」が巻き付いていて、祖母と二人でパニくったことがあります。

ってか、都会でなんで毒蛇が出てくるねん!家に入れへんやん!って感じ。

で、お巡りさんと保健所の職員さんに連絡して、どやってマムシを捕まえるか、あーだこーだと言い合っていたときに。

この任侠なおっちゃんがやってきて「ちょっと待っとってー」ゆーて、事務所から銛(爆)持ってきはりました。

で、マムシの頭を一突きにして。「うちでマムシ酒にするんで持って帰るわー」ゆーて銛に刺したまま持ち帰らはりました。

 

遠くの親類より近くの他人、ではないですが、ホンマにお世話になってたなーと思います。

商売やってた祖母も、盆と正月に事務所にビールを1ケース届けてはりました。こんな環境でもそれなりに安心して暮らせていたんなあと思います。

 

以来、出来る限り相手の事をよく知ろうってのと、自分の事は相手に選んでもらおうというスタンスになってきたなと思います。

 

余談ですが、関西で学生支援の草分けとして知られるポンタさんこと本田勝裕さんの『ニッポン全国長屋計画』を知った時に、この情景が思い出された私です。

長屋な雰囲気の町ってええな。

 

・・・つづく。

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第16話:子どもの頃の記憶を語る(後)

前回、「自宅の門にマムシが巻き付いている」という話が出ましたが。

私、都会生まれ都会育ちで、特にアウトドア派でもないんですが、「自然」と縁が深いように感じます。

 

私の生家は祖父の亡くなった後、財産分与で祖母に割り当てられた旅館部分。それを住宅として使っていたんですね。

しかも大工の祖父が自分の好きなように建てたのもあり、風変りな建屋に住んでいました。

「二重扉の下駄箱」「どんでん返しのある廊下」「隠れ地下室」「二重構造の床の間」etc・・・(汗)

 

さらに庭は、ちゃんとした庭木に、祖母がお参りする生駒山にある導師さんの寺に行った際にそこらで持ち帰った山の草木もあるって状態で。

桜の木や柿の木、ザクロの木、レモンの木とかあって、バラやライラックが咲いてるかと思えば、スミレやらユキノシタやら雑草的なものもあり、アオギリの木には山芋の弦が巻き付いてムカゴがなってる、みたいな感じです。

 

なので蝶やバッタ、トンボなどの昆虫、防火水槽にはタニシが生息しておりました(爆)マムシ出てもおかしくない環境ともいえます(笑)

 

そんなこんなで、子どもの頃は物語の本も読んではいたのですが、それ以上に図鑑と百科事典が大好きな子供だったと思います。

初めていく場所も迷わず行けるのは、方向音痴ではない以前に、子どもの頃に地図が大好きやったのもあります。父もよく地図広げて自分が行ったところの話をしてはったなー。

 

都会から田舎によく嫁いできたなーと言われますが、そんな素地があるので「住めば都」感覚はあるかもしれません。

虫が怖いや気持ち悪いから触れへん、ってこともないし。花粉アレルギーもないし。

また都会に住んでいたので遠出するのも抵抗ないし。電車やバスに乗るのも特に大層に思わないし(田舎の人は電車に乗るのが一大イベントな感覚らしい)

 

ただ、たまに自宅の外トイレに蛇が入り込むのは勘弁してほしいと思う私。

一昨年の夏は、マムシが入り込んでいたので、じーさんが退治し、そのまま丸焼きにしてました。炭焼きやってた時代にはマムシ見つけたら必ず焼いて薬にしていたそうです。

マムシとはあんまりご縁がないほうがええなあ(汗)

 

この記憶にタイトルをつけるとしたら、草木や生き物に縁が深いところから「流れにまかせる」「どんなときも、どんな場所でも、どんな状況でも楽しむ」といった感じでしょうか。

 

・・・つづく。

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第17話:お気に入りの本を語る(前)

サビカス先生は「お気に入りの本・映画」について語ることについて「クライエントの自己概念が望ましい場と統合させている」事に注目しましょう、とゆーてはります。

本や映画の物語を、相談者というフィルタを通して言葉にしてもらうこと。それは相談者の人生の大きな問題やテーマやったりとかを、どんな風にしたいのかっていう風に語るらしいんですね。

なもんで、ちょいと自分の好きなストーリーを振り返ってみました。

 

「ナラティブ」「物語を紡ぐ」というワードで真っ先に思い浮かんだのは、萩尾望都さんの作品『A-A'』

初出が1981年・・・昭和56年、ということで今から34年前の作品ですね。そして私は初掲載の「月刊プリンセス」巻頭カラーのを初めて読みましたがな。

そして、このマンガのラストシーン、主人公のアデラド・リーの台詞が思い浮かんできたのです。

 

このSFストーリーは、クローン人間の「同一の存在でありながら異なるものである」という葛藤を描き、それぞれの人の中で醸成し超えていくものと描き出しました。

 

異星での開発研究で命を落としたアデラド・リー。この研究チームのメンバーは命を落とす事故があった時のためにクローンを作製できるようになっていた。

クローン体のアデラドは子どもの頃にかわいがっていた子馬(ポニー)が死んだ記憶で涙しながら目覚める。

研究チームのレグはアデラドの恋人。しかし彼はクローン体として帰ってきたアデラドを受け入れられない。

アデラドも子馬(ポニー)を亡くした事故の時に負った背中の傷が自身の体にないことで「自分が自分でない」現実を突きつけられる。

やがてレグはアデラドを離れ、別の星で事故に巻き込まれ亡くなってしまう。それを聞いたアデラドも精神的ショックを受ける。

 

でも今度はレグがクローン体として研究チームに復活することになる。お互いにクローン体で、本体が共に共有した思い出を持たない二人。それでもアデラドは思う。

 

「あしたには愛せるかも知れない。思い出はあしたつくればいい」

「ポニーの話をしたい。この人に。長い長いあいだわたしがまっていた、あなただけに、語りたい物語がある」

 

この「あなただけに、語りたい物語がある」という感覚が、私もとても共感できるし、これまで歩んできた道のりを形作っているように感じます。

まずはうちのダンナさんですね。他のいろいろな要素よりも「この人とやったら毎日しゃべってても大丈夫やな」感が一番大きいように思いますし。

 

私がキャリアカウンセリングで目指す姿も、私に語りたいと思って語っていただくことが大切なんよなと思います。

私がキャリアカウンセラーやから、というよりも「私だから」の方が大きいと思うんですよね。相談者が「私」を選んだ、その事実を大切にしたい、みたいな。

 

物語を語ることで自分自身を理解する。「言葉」が自分自身を創っていくという感じでしょうか。

 

なのでたくさんの人に少しでも本を読んでもらう機会を増やしたいなと思っている私がいます。本を通じて自分を語れるとええね。

読書が苦手な方には「Read For Action読書会」などを通じて、他の人と本を読む機会をつくって皆で語れれればなーと思います。

 

・・・つづく。

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