第25話:私にとって「転機」になったひと言(前)

私の中学生時代を振り返ると結構大変だったなあと思います。

中学に入って、父がガンを患い、1年の入院の後、帰らぬ人となりました。

それまでなんの疑いもなく地元の進学校に行って、大学にも行けると思っていたので喪失感が半端なかったですね。

父が亡くなって経済的に立ち行かなくなり、塾も辞め、勉強も手につかなくなりました。

というか、受験勉強をする意味や、勉強した後に目指す道が見えなくなったんですね。

 

そんでも母や叔父の勧めでとりあえず私学の進学校を受験したんですが、勉強してないから不合格。

自宅から一番近い高校を受験する予定だったのですが、私学落ちたことでランクを下げざるを得ない状態でした。

この私学不合格でもいろいろあったんですが・・・。その時の担任の先生が不合格だった生徒に贈った言葉があります。

 

「こけたら、立ちなはれ」

 

経営者の方はご存知の方も多いと思いますが、三洋電機副社長であった後藤清一さんの言葉です。

当時の「PHP」に掲載されていた記事からの引用だったと思います。

私のクラスは学年でも問題児とヤンキーの巣窟のようなクラスでしたが、先生が一人一人向き合い、指導されたおかげで全員進学できたのです。

私の場合も先生が将来の可能性の事を考えて、通学に負担にならない高校を勧められ、受験し、進学することができました。

今でも先生の事を思い出すと感謝しかありません。

 

先生のその後ですが、私たちの卒業と同時に先生も結婚され、東京に新居を構え旅立ちました。

その年の5月に新婚旅行に向かう先生夫妻を伊丹空港に見送りに行きました。

その年の夏に中学校に用事があり、友人と一緒に職員室を訪ねて行ったら、先生が入院していることを知りました。

そして翌年の2月に同級生から先生の訃報が知らされました。先生は胃がんだったのです。享年28歳。若すぎます。

高校の授業を途中抜けて、先生のお葬式に参列しました。

 

岸和田城が見える、ご主人の実家から旅立たれていきました・・・。

 

・・・つづく。